自習の合間にお茶なぞ飲みながら、色々なバックグラウンドの人とお話するのは割と楽しいです。
法学徒の議論と社会人が会社でやっている議論は質的に大きな違いがあると思います。ビジネスの場で行われるのはいわば結論を探すための議論。お互い「このあたり」という落としどころを持っていて、その落としどころにいかに近づけるかが勝負です。
そこでは、言っていることの正しさ、善さ、美しさよりも、声の(物理的な)大きさ(外資系だったら英語の上手さ)や、ダークサイドに目を向けると、人の言うことに聞く耳を持たずに難しい単語を使って相手の議論を封殺するパワーとか、相手の論理の穴を(言っていることの正誤に関わりなく)ほじくり返せる非情さとか、間違った意見でも大きな声で言えば大丈夫と思えちゃう面の皮の厚さとか、そういうディベート能力の勝負になりがちです。
ビジネスの場では、言っていることがいかに正しくとも、その提示の仕方が悪かったら価値は低いし、相手のいうことを理解して本質的な議論をかみ合わせることは必ずしも重要ではなかったりします。妥協をうまく引き出して、妥当な結論を時間内に導けることのほうが多分重宝されます。
会社でそういうネゴシエーション手法のレクチャーを受ける人も多いのでは。有名なテクニックを挙げると、いわゆる「good cop/bad cop」「ハイボール」「サンドイッチ・トーク」。ピンと来る方も多いのではないかと。
しかし今の私にとっては、このような議論の手法は有害ですらあります。だってさ「罪刑法定主義なんて必要ないよ。悪い奴はオレが死刑にする」って結論にお互い納得してもね。答案に書いたら0点ですよ。単なる「空気の読めない人」になっちゃいます。
私が思うところのそういうビジネス人の代表は、例のTシャツのIT企業経営者。ビジネスマンとしてはすごいですが、ローにいたら鬱陶しそうです。